マナーを知るとそれに縛られる

雀荘で麻雀を打つためには、最低限のマナーを身に着ける必要がある。その一例が、放歌の禁止。
歌ってもいいという雀荘もあるけどかなりレアケースだと思う。

先日もフリーで本走していると、雀荘に来るのが2回目という学生セットが、有線の音楽に合わせて歌い始めた。最初はスルーしてたけど、段々と声は大きくなっていく。一度卓を止めて、「雀荘では歌を歌ってはいけないよ」と声をかけに行った。もちろん本人達に悪気は無く、ただ雀荘でのマナーを知らなかっただけ。

もしフリーが稼働していなくて、お客さんがその一組だけであれば、放っておいたと思う。けど、雀荘では歌を歌ってはいけないというマナーを知っているお客さんがいたから、注意せざるを得なかった。

マナーを学ぶと、マナー違反が目に付くようになる。歌を歌うという行為自体に、不快にさせたり煽ったりする目的は無いのに、雀荘ではそれをやってはいけない。街中で歌ってる人とすれ違っても何も思わないけど、雀荘では不快に思う。なぜならそういうマナーが定着していて、みんなそれを知っていて、守っているから。下手に知っている人間の方がタチが悪い場合もあるけど、それはまた別の話。

そしてこの前、マナーというものについて考えさせられる出来事があった。

Oさんは、健康麻雀で集まった常連セット面子の一人だった。店のオープン当初から来店している昔からのお客さん。けど卓を囲んでいたみなさんは高齢な事もあり、いつも卓を囲んでいた面子が一人、また一人と亡くなり、面子が集まらなくなった。それでも麻雀を打ちたい、でも今更フリーは打てない。同世代くらいでどこか入れるグループは無いかと、オーナーがOさんから相談を受けた。そして同じように面子が欠けてしまい、今は三人打ちをしているセットを紹介をした。高齢セットのマッチングだ。

みなさん気品の溢れる素敵な人達だった事もあり、一回目は楽しく終わった。結果はOさんの一人負けだった。初めて卓を囲み、大負けをしてしまったOさんに、一人のご婦人がこう言った。

「一人で負けてしまってお気の毒ね、もう私達と一緒にやるのは嫌なんじゃないかしら?」

僕がこれを言ったら、顔を真っ赤にして怒りそうなお客さんの顔が何人か目に浮かぶ。これはフリーを打ち慣れている人からすれば煽りと捉える。よね?
悪気は無いんだろうけど、すごい事言うなぁと思って聞いていた。けどOさんの返事はすごく真っ直ぐだった。

「いえいえ、今日は久しぶりに麻雀が出来て本当に楽しかったんです。それに負けてばかりはいられませんよ、是非またお願いします」

80歳のご高齢で、7時間も打った後とは思えないような、元気でイキイキとした顔をして言った。

雀荘でのマナーを学んでしまった僕は、もうOさんのように真っ直ぐとご婦人の言葉を受け取る事が出来ないんだとその時思った。

ご婦人が言葉をかけるのも、Oさんがそれに応えるのも、お互いにその言葉が煽りだという概念が無いから。

マナーはマナーを知っている人のために有る。
これはマナーとは少し違うかもしれないけど、これを読んでいる貴方には、僕の言いたい事が伝わってくれてると嬉しい。

雀荘の人間としては、マナー違反と呼ばれる行為は注意しなくてはいけない。でも誰もその行為を不快に思っていなければ、楽しいゲームに水をさすかもしれない。
何を注意して、何を受け流すのか。この考え方を、一つの指針にしてもいいのかなと思ったお話しでした。