混ぜ師のシュウさん

「こんにちは。今日も奥の卓からお願いします」

いつもぴったり開店の30分前に混ぜ師のシュウさんがやってくる。パチンコ屋で釘師が釘の調整をするように、雀荘では混ぜ師が牌を混ぜる。対局者ではなく中立的な立場で、勝負に紛れが無いようしっかりと牌を混ぜる。

一卓一卓、渋い顔をして丁寧に牌を混ぜて回る。全自動卓には二組の麻雀牌があるから、積んであった面が終わったら一度牌を落としてまた牌を混ぜる。

シュウさんはコーラが好きだから、仕事が終わりそうになるといつも用意しておしぼりと一緒に置いておく。だいたい15分くらいでシュウさんの仕事は終わる。

昔はプロの麻雀や、裏と呼ばれるデカい麻雀には必ず混ぜ師がいた。中立な立場で一局終わる度に牌を混ぜる。シュウさんはこの道40年の大ベテラン。昔は色んな場で牌を混ぜていたらしい。

一仕事終えておしぼりで顔を拭いてから、コーラを手に取った傷だらけの右腕は、この仕事の過酷さを表している。

負けて逆恨みした男に刺された傷、混ぜる牌にカッターの刃を混ぜられていたこともあるらしい。コーラを飲みながら色んな話をしてくれた。長い付き合いだからどれも聞いたことのある話だけど、初めて聞いたかのように振る舞う。何回聞いても面白い話ばかりだし、僕はこの時間が好きだ。

でもシュウさんがうちの店に来るのも今月が最後になる。還暦を過ぎたのを機会に、この仕事を引退するらしい。全自動卓が普及した現代となっては、混ぜ師という職業は衰退し、自身が麻雀打ちになるか、廃業する人がほとんどだった。

自動卓はメーカーの陰謀で牌が操作される!と抗議していた人もいるらしいけど、やはり便利。時代の波には逆らえず、混ぜ師達は飲まれていった。

今となっては混ぜ師の仕事は、祈願やおまじないの部類に入る。公平で熱い勝負が出来るよう、たくさんのお客さんが入れ替わり混ざるよう、想いを込めて牌を混ぜる。最近は毎日ではなく、月に一回、年に一回だけ呼ぶという雀荘が多い。

コーラを一気に飲み干すと、じゃあまた、と言って去って行った。この業界からまた一人の混ぜ師がいなくなり、全自動卓が乾いた音で乱暴に牌を混ぜる。

なーんて世界線があったら面白くない?っていうお話し。