
第4話 / 全5話|読了 3〜4分
パチンコ屋で釘師が釘の調整をするように、雀荘では混ぜ師が牌を混ぜる。
「こんにちは。今日も奥の卓からお願いします」
うちのお店には月に一度、開店前に混ぜ師のシュウさんがやってくる。
対局者ではなく中立的な立場で、勝負に紛れが無いように、一卓一卓、渋い顔をして丁寧に牌を混ぜて回る。全自動卓には二組の麻雀牌があるから、積んであった面が終わったら一度牌を落としてまた牌を混ぜる。一連の動作は洗練されて無駄がなく、混ぜられている牌はまるで踊っているように見える。
シュウさんはこの道四十年の大ベテランだ。
七卓ある麻雀卓を回り終えるのはだいたい三十分くらい。シュウさんはコーラが好きだから、仕事が終わりそうになると、いつもおしぼりと一緒に用意しておく。
ひと昔前はプロの麻雀や、裏と呼ばれるデカい麻雀には必ず混ぜ師がいた。中立な立場で一局終わる度に牌を混ぜる。シュウさんも昔は色々な場で牌を混ぜていたらしい。仕事が終わると、そんな昔話をいつも話してくれた。
一仕事終えておしぼりで顔を拭いてから、コーラを手に取った傷だらけの右腕は、この仕事の過酷さを表している。負けて逆恨みした男に刺された傷、混ぜる牌にカッターの刃を混ぜられていたこともあるらしい。コーラを飲みながら色んな話をしてくれた。長い付き合いだからどれも聞いたことのある話だけど、僕はいつも初めて聞いたかのように振る舞う。何回聞いても面白い話ばかりだし、僕は開店前のこの時間が好きだ。
でもシュウさんがうちの店に来るのも今月が最後になる。還暦を過ぎたのを機会に、この仕事を引退するらしい。全自動卓が普及した現代となっては、混ぜ師という職業は衰退し、自身が麻雀打ちになるか、廃業する人がほとんどだった。自動卓はメーカーの陰謀で牌が操作される!と抗議していた人もいるらしいけど、この便利さには抗えない。時代の波には逆らえず、混ぜ師達は飲まれていった。
今となっては混ぜ師の仕事は、祈願やおまじないの部類に入る。公平で熱い勝負が出来るよう、たくさんのお客さんが入れ替わり混ざるよう、そんな想いを込めて牌を混ぜる。最近は毎日ではなく、月に一回、年に一回だけ呼ぶという雀荘が多い。
昔、常連向けの大会を開いていた事がある。 予選期間に打数が一番多かった三人と、当日の予選で勝ち抜いた一人で半荘一回の決勝戦を行い、優勝すると五万円だ。
警察の指導が入り、すぐになくなってしまったけど、とても盛り上がったのを覚えている。 最後となった大会、その勝負で混ぜ師を務めたのは、もちろんシュウさんだった。
優勝したのもシュウさんだった。
いつだか、この時代に牌を混ぜ続ける理由をシュウさんに聞いた事がある。
「自分を中心に世界が廻ってると思ってた」
「麻雀で理不尽な事が起こると、誰かのせいにしたくなる。俺が牌を混ぜれば、みんな俺のせいにできるだろ?それでみんなが楽しく麻雀を打てればいいんだ」
シュウさんは何年か前のある日、洗車中に突然家の庭で倒れた。いくつかの奇跡が重なって、一命を取りとめた。
「意識が戻った時の家族の顔を見たらさ、心配かけたんだなって思ったよ」
そう言って、ヘビースモーカーだったけど煙草もきっぱり辞めた。何より麻雀や人に対する考え方も変わったらしい。
「今日は打っていこうかな」
混ぜ師の仕事は開店前だけど、常連でシュウさんの事を知らない人はいない。今日は盛り上がるぞと少し僕の気分が上がる。
少し経つとお客さんが来て卓が立った。
昔はシュウさんも毎日仕事が終わってから麻雀を打つのが日課だったけど、今は麻雀牌を触るのは混ぜる時だけ。麻雀を打つのも久しぶりらしい。一周終わったところでシュウさんの流れは悪かった。
いつもの難しい顔で、落とす前に牌を混ぜる。
麻雀中にシュウさんがこの顔になると、同卓者や後ろで立っている僕にも緊張感が走る。
「自動卓は二組あるから、混ぜた効果があるのはこの次の局からだ」
シュウさんはこれをいつも言っていた。次の自分の親に合わせて牌を混ぜていたらしい。
迎えた親番で、混ぜた牌が上がってくる。 そして配牌を開けると一言。
「混ぜ過ぎたよ、バラバラだ」
シュウさんのこわばっていた顔がくしゃっと崩れて、みんなも笑った。
その後もシュウさんの流れは悪かったけど、本人含めてみんな楽しそうでいい雰囲気だった。 シュウさんはラス半を入れない。一度打ち始めたら卓が割れるまで打つ。朝になり卓が割れると、サイドテーブルに残ったコーラを一気に飲み干して、ごちそうさんと残して去って行った。
この業界からまた一人の混ぜ師がいなくなり、全自動卓が乾いた音で乱暴に牌を混ぜる。
なーんて世界線があったら面白くない?っていうお話し。








