チートイリャンピンはリャンピンで待て

目が覚めたのは13時くらい。昨日は早めに卓が割れて、早く帰れた。
早く寝て、早く起きて、PCの電源を点けて、ヘッドセットを着ける。

僕はいわゆる初代ポケモン世代。小学生から中学生くらいの時はよくゲームをやっていたけど、17歳でフリー雀荘で働き始め、それからは趣味も遊びも仕事も麻雀になった。そんな僕が、このご時世も相重なり、軽い気持ちで手を出してみたオンラインゲーム。夢中になるのに時間はかからなかった。

広いマップに、何も持っていない状態の100人が集まって、武器を探すところから始まり、最後の一人になるまで戦うこのゲーム。単純だけど生き残るのは簡単じゃない。攻めるだけではなく、守ったり、見に回る事も大切で、麻雀ともどこか通じるところがある。

残り人数は5人。時間が経つにつれて広かったマップは縮小していき、残っている敵の場所はだいたい把握出来るようになる。撃ったら撃たれる。静かだけどそれ故の緊張感が流れる局面だ。目線はディスプレイに囚われているけど、視界の外でiPhoneの通知が光る。手を離せる訳もなく、目も離せないから何の通知かは分からない。

ジリジリした局面が続いたけど、それから3分程で決着が着いた。僕の勝ちだ。最後まで戦い抜いた者だけに与えられる孤独だけど至福の時間。一人になったこの島で、画面越しの僕に喜びの感情表現をさせる。この瞬間のために戦っていると言っても過言ではない。

一回の勝負は20分~25分程度。すこしのんびりな東風戦、ちょっと早い東南戦くらいだろうか。緊張感を保つのにはちょうどいい時間かもしれない。ヘッドセットをはずし、そういえばとiPhoneを手に取ると、お店の常連けんちゃんからのLINEだった。

「羽鳥さんと行こうと思うんだけど何時から打てる?」

今日はオーナーと僕の二人番だから、お客さんが二人来ないと卓が立たない。それを知っている、昔からの常連らしい気を使った連絡だ。時間は15時を過ぎたところ。出勤前にあと一戦くらいやろうかと思っていたけど、もう準備をしなくてはいけなくなった。

17時から打てますよと返信して、シャワーに向かいながらオーナーに電話をかける。
「お疲れ様です、けんちゃんから連絡があって、羽鳥さんと17時に来店するそうです」

「そうか、午前中からセットが二つ入ってたからまだ飯も食えてないんだよ」

分かっています、なんて野暮な事は言わない。これから準備して家を出るので、16時過ぎくらいには店に着きますとオーナーに告げて電話を切った。

思いがけず出勤時間が早まったけど、スタートの時間に卓が立つのは嬉しい事だ。雀荘で働いていて、一番辛いのは卓が立っていない時間。

さっきは100人の中で1位になったけど、昨日は4人しかいない麻雀を1日打ってトップがなかった。けんちゃんはともかく、一緒に来る羽鳥さんは麻雀が強い。スタートから打つ相手としては少し気合を入れなくてはいけない。それに今日行けば日曜日は休みだ。画面越しの僕が踊っていた躍動感のある音楽が、家を出て駅に着くまでの間、ずっと頭の中で流れていた。

駅に着くと、コンビニに寄ってから喫煙所へ。いつもは店に着いてから一服するけど、店にいるセットのお客さんはタバコを吸わないから、そのお客さんが帰るか、他にタバコを吸うお客さんが来るまで店内は禁煙だ。深く吸い込んでから、ふぅーっと吐き出す息はいつまでも白いまま。外はすっかり寒くなってきた。

時間は16時を少し過ぎたところ。ちょうど上の階にある、学習塾が終わる時間と重なったようだ。授業が終わって、薄着ではしゃいでいる子供と、厚着をして迎えに来るお母さん。そして見送りの先生達で賑わっているエントランスをすり抜けて、エレベーターに乗って三階へ。勢い良くガラスの扉を引くと、店内から押し出される風を全身で受ける。

ああ、あったかい。

「おはようございます!」

元気よく挨拶をしながら店に入り、その足でセットのお客さんに挨拶をする。

「ゲーム中失礼します、おはようございます、いらっしゃいませ、本日もごゆっくりどうぞ」

「おはよう、明けましておめでとう」

11月なのに新年の挨拶。この人は先週大負けして、年が明けるまでは来ないと言っていた。麻雀打ちの一年はとても早い。この卓は10人くらいのメンバーが入れ替わる、3人麻雀のグループ。ご機嫌な声を聞いて点棒を見てみると、今日はご機嫌になるくらい点棒がある。

今年もよろしくお願いしますと挨拶を返してから、最後にオーナーに挨拶をすると、ちょっと来いとキッチンに呼ばれ、今の店内の状況の説明を受けた。

あのセットはよくビールを飲むから、何本飲んだか分かるように、空き缶はゴミ袋に入れずに電子レンジの上において数えてある。一組はさっき帰ったばかり。今日は何時に誰が来る。一通りの説明が終わると、それじゃあ頼むと言って急いで店を出た。

さっき帰ったばかりの卓を掃除しながら二人を待つ。ちょうどいい時間潰しだ。
まずはサイドテーブルの灰皿やコップ、おしぼりを下げて綺麗に拭きあげる。最後の局が残ったままの牌を落とし、点棒を拭きながら揃える。チップと焼き鳥をしまい、点数表の紙を使った分だけ足しておく。下げた洗い物をしたら、洗牌をして卓掃は完了だ。

iPopではオーナーの教えで、コップや洗牌の時に使うタオルなど、店の備品一つ一つにしっかりと位置や向きが決まっている。だからオープンから十数年経った今でも、店内の景色は変わらない。

一通り卓の掃除を終えて、洗牌に使ったタオルを綺麗に畳んで決まった位置に置く。さて、フリーの準備をしておこうかとカウンターへ向かうと、ガラスの扉越しにもう二人の姿が見えた。

「早いですね、オーナーの戻りは17時です」

分かってるよとけんちゃんはアツシボ、羽鳥さんはツメシボをそれぞれ自分で取り、待ち席のソファに向かう。二人とも十年来の常連だ、わざわざ言わずとも通じる事は多い。

ポイントカードとカゴを出し、すぐ麻雀が出来るように準備は出来た。セットにビールを出し、ついでに点数表を拝借してここまでの途中経過を計算する。少し落ち着いて、雑談をしていたらオーナーが帰ってきた。それを見て二人はソファから卓へ向かう。さあ、麻雀だ。

セットのお客さんに全入りになる事伝えて、二人が待つ卓に座る。最後に座ったオーナーのよろしくお願いしますという声に、羽鳥さんも応える。配牌を開けて、お願いしますと元気よく挨拶してから、今日最初の牌をツモった。

最初の打牌をすると、早速けんちゃんがツモ牌を零してチェックの申告。それを見ながら、僕は点箱を開ける。この雀卓は点箱をすぐに閉めると反応しない事があったり、開けておいた方が点棒の受け渡しもスムーズになるから、基本的に閉めることはない。これは僕の最初の一局目のルーティンだ。

今日の開局は起家スタート。
起家は好きだけど、あまりよくない配牌に赤5ピンがぽっかり。でも2巡目、3巡目と有効牌を引いて、ピンズの上が完成。三色も見えなくもないといった手組になってきた。

「南原君、最近よく来てるんじゃないですか?」

けんちゃんの質問に、昨日も来てたよと僕が答えると、オーナーが昨日も強かったしねと言う。強かったというその言葉に対して、僕と羽鳥さんが二人で強くなかったと否定すると、けんちゃんが笑った。
昨日、僕ら二人は同卓していて、南原君が4連ラスを引いているのを目の前で見ていた。

週末は一週間の振り返り。誰が強かった、誰がチョンボした、誰がこんなアガりをした。
強かったのは一昨日じゃないかな、そうだったと、記憶合わせをしながら局は進んでいく。

捨て牌は二段目も終わり。少しまとまった手牌になってきたけど、いつ誰が来てもおかしくない状況で、ドラの白は一枚も顔を見せていない。対面のオーナーがツモ切った牌を羽鳥さんがチー。晒した形は、二枚目の赤5ピン入りで両面。面前祝儀だから腰が重くなるうちの麻雀で、羽鳥さんのこの仕掛けは少し気味が悪い。しかも鳴いたのは前順の牌をポンしておけば、僕に入ってテンパイしていた牌。東発の親はもう受けだなと思いながらツモってきた牌は金五萬。抱えていた安全牌を切り飛ばす。

「それではリーチ」
みんな動き始めた。対面のオーナーからリーチが入る。上家の羽鳥さんは現物ではない牌をツモ切り。それを下家のけんちゃんがポン。僕のツモ番は飛ばされて、オーナーがツモ切った牌に、羽鳥さんがロンの声。この2巡で色々と動き始めてからの決着は早かった。

手を開くと、ピンズに染まっていてドラの白が3枚ある、3面張の跳満だった。警戒はしていたものの、想像以上の手につい「やばっ」と声が出てしまった。

「いやぁ〜、すごいなそれ」
リーチをかけていたオーナーが悔しそうに点棒を支払う。基本的にセリフ付きだった時のリーチは手が高い。

次の局に入ると、話題は見せ牌について。けんちゃんがさっき鳴いた牌は、一番最初に零した牌だった。それに対して気を付けてと羽鳥さんが注意する。

うちは見せ牌、腰牌は現物のみ出アガリ出来ない。だからルール的にはオッケーだと言うと、俺たちだったらあがり放棄だと、羽鳥さんが優等生みたいな事を言う。とりあえずそれに乗っかっておく。

基本的に、お客さん同士での注意は、余計なトラブルを生むから良くない事。だけど、この二人はテニス仲間で今日もその帰りだ。二人の歳は一回り程離れているけど、うちで知り合ってから飯を食いに行ったり、一緒にテニスをしたりするほど仲が良い。テニス中もこんなやり取りがあるのかなと想像してみるとちょっと面白い。

色んな雀荘のルール、裁定の話が一通り終わると、切り番になったオーナーの手が止まる。

「やられっぱなしじゃあなぁ」
口数が多くなると、テンパイが近いのは常連なら誰でも知っている。

今のいいリーチだったのになぁと呟いてから、よし、これでいってみようと牌を曲げた。僕の手もテンパイはしているものの、愚形で役もドラも無い。危険牌を持ってきたらすぐに降りようと決め、一発目は2枚切れの字牌をツモ切る。

「おっ、勘がよかった」
そう言って牌を手元に叩き付ける。オーナーはツモる時に本当にいい音を出す。

「いっけね!チョンボやっちゃった!」
ツモった牌はリーチ宣言牌と同じ8ソウ。僕たちがその違和感を感じるのと同時に、自分で間違いに気付いたらしい。うちは誤ツモの発声、モーションだけでチョンボになる。リーチが入ってから緊張感のある一周から、一気にムードが崩れてみんなが笑う。

「後々の話題のために見せましょうよ!」

羽鳥さんはチョンボの内容に興味津々だ。裏ドラを覗くオーナーに、裏ドラもみんなに見せて!と煽る。

嫌だ!と言って、裏ドラを覗いてから放り投げる。すぐに裏ドラを自分の手牌にある「乗ってんの」と手牌から乗っていた牌を二枚倒す。そしてついに観念したのか、ニコニコだよ!と言って、1枚残して手牌を開けた。

単騎だったんだと、羽鳥さんは納得。
オーナーの手は七対子で、チョンボの理由は切った牌の勘違いだった。残った牌と捨て牌をよく見ると、チョンボをしたオーナーの気持ちが、僕にはなんとなく分かった。

「リー即ヅモチートイドラドラ」
オーナーが指を折りながら、本来ツモだった時の役を数える。そして「いってぇ〜」と言いながら山を落とし、一同笑う。

卓の真ん中に罰符がおかれると、「今日早くも話題が一つできた」と羽鳥さんが言った。そして次の山を上げると、オーナーからチョンボの解説が始まった。

「チートイの時はリャンピンで待てってみんなに教えてんのよ」

「ところが自分は8ソウで待ちたかったから、持ってきた時にツモった!って」

そうなんだと相槌を打ちながら聞いていた羽鳥さんが、今回の出来事を一言にまとめた。

「自分の教えに準じてチョンボした」

今日の話題のタイトルはこれでいいだろう。それを聞いて笑う僕に、「でも社長はみんなに教えた通りやってる訳だから偉いよな」としっかり窘める。でも、対面に僕がいなければ筋になってる8ソウで待ってたよと、オーナーは笑いながらそれを否定した。

この雀荘にはオーナーの教えがいくつかある。

羽鳥さんが言いたかった事は、僕が一番知っている。どんな教えもオーナーが率先してやるからこそ、この店の景色は変わらない。
リャンピンで待つという事に深い理由は無い。昔、誰かが3回くらい連続でリャンピン単騎でチートイをアガっているのを見て思い付いたものだったと思う。

けんちゃんに、他には?と聞かれて、”第一打に1ソウを切らない”とすぐ思い付いたものを答えると、それなんか聞いたことあるなと言った。

1ソウは麻雀の神様だから、第一打には切ってはいけない。教えの中には、理に適っているものもあれば、いわゆるオカルトの類もある。麻雀の教えにおいては、大抵が後者だ。でも僕がしっかりと教えを守るのは、その教えを守って毎月しっかりと勝つオーナーをずっと近くで見てきたから。月に数百回麻雀を打つこの仕事で、一番大事なのはメンタルだ。何が来たら何を切る、点棒状況によって押し引きを判断する。それを負けている時や、疲れている時、忙しくて麻雀の内容に集中出来ない時にも同じ判断を出来なければいけない。

この教えを指標に、今の自分の状態を判断する。負けてる時、集中力が切れている時こそ、第一打に1ソウを切り飛ばしたくなる。そうなった時は自分の中での危険信号。ゆっくりと深呼吸をしたり、おしぼりで顔を拭いたりする。大事なのは決めておく事。そしてその結果に動じない事。理に適ってなくても、少し手牌の進行が遅れようとも、僕がオーナーの教えを守る理由はそこにある。

「一局目で今日のハイライトできちゃったじゃん」
羽鳥さんが言った通り、もう今日のハイライトはこの話題で決定だ。

最初の一回戦は、跳満放銃とチョンボで点棒の無いオーナーを、僕が飛ばして終わった。それと同時に、セットのお客さんから終了の声。まだ点棒も揃えないまま卓を止め、オーナーは料金の計算、僕はおしぼりを出す。

お疲れさまでしたとおしぼりを渡すと、その中の一人から、また来年かなと元気の無い言葉が返ってきた。東天紅ルールの三人麻雀だから、点棒を見ればその日の収支はそのまま分かる。僕が出勤してからそれまで時間は経っていないけど、しょんぼりするくらいに点棒は減っていた。

休養期間は二週間くらいかなと勝手に予想しながら、よいお年をお迎えくださいと入り口まで見送った。
セットのお客さんがいなくなると、自分の麻雀に集中できる。僕が打っているこの卓も、はたから見ればフリーには見えないけど、昔からの常連と卓を囲めばこうなる。

起家が回って次の局、いつもと変わらない日常だ。東発は、羽鳥さんがけんちゃんからダマのチートイをあがって、あっさりとけんちゃんの親が落ちる。

東2局、先手は取れたものの、赤5ソウが宣言牌として出ていく形でピンフのテンパイ。河は三段目に差し掛かるとこほツモないまま、赤5ピンを2枚ツモ切り、僕の捨て牌には赤が3枚並んだ。嫌な感じだなぁと思っていると、「親だからいこう」とオーナーから追っかけリーチが入る。僕が一発で掴んでもおかしくないところで、少し力を入れて親の一発目の牌を通す。

「あと2枚」
上家の羽鳥さんは流し満貫をやっている。残りのツモは3回で、あと2枚足りないらしい。手持ちに残っている牌はドラの9萬。そして僕の第一打は8萬。単純に手が早かっただけだけど、罠のような僕の河に羽鳥さんは結局降りてくれた。

流局して一本場、リーチ棒と積み棒欲しさに、全員が前のめりになる局面。すれすれの勝負を制したけんちゃんが、供託の点棒を全部持って行った。

そして不意に訪れる奇跡の一局。
配牌を開けると、対子が三つに金5萬。こいつがいると気持ちが躍るのは、出会ってから十五年経った今でも変わらない。第一ツモで5萬が重なり、対子が四つに。

「はい、三局です」
理牌をしながら卓の状況を声に出す。誰も三万点を超えていないから、ここは金でアガって親番を迎えたいところ。理牌をしながら、次のツモで9ソウが重なり、二巡目にはもう七対子のイーシャンテン。

これは僕の癖なんだけど、七対子のイーシャンテンの時は余っている牌の中で、大事な牌、待ちたい牌を手拍子で切ってしまわないように、余剰牌の中で一番左に置く。
3巡目はツモ切り。4巡目に一枚入れ替えて、5巡目もツモ切り。そして6巡目にテンパイ。

余っている牌は、リャンピンか北。北はけんちゃんが二巡目に切っている待ち頃の牌。アガりたい局面であれば、北で待つのがセオリーだろう。金もあるし、役もあるし、一手変わりで二盃口まで見える手組だからダマで構えるのもいい。でも。

-この雀荘にはオーナーの教えがいくつかある

「リーチ」

僕は力を込めて北を切った。ここで丁寧にアガった時のセリフまで考えていた。僕の表情は緩んでいたかもしれない。アガれなくてもいい。このテンパイを取らなければ、教えを守らなければ、この店の血が流れている僕の麻雀は麻雀ではなくなる。

けんちゃんが筋を切り、オーナーが現物を切る。そして羽鳥さんが一発目でリャンピンを切った。

「ロン」

「えっ?」
羽鳥さんから声が漏れる。そして裏ドラをめくるとリャンピン。

「チートイ..リャンピンで待て」
羽鳥さんが思い出したかのように言う。

「これが教えです」
一呼吸置いて点数を申告してから、考えていたセリフを口に出すと、天才かよ!という言葉と一緒に点棒とチップが飛んできた。

「なんかリーチの時笑ってたもんな!」
ってけんちゃんに突っ込まれたけど、そんな気もする。

「イーシャンテンでさ、これはこうなるなと思って..」

こうして今日の話題を少し伸ばしてオチも付いた。さあ、早くこの話を次に来る誰かにしたい。こうして、とある雀荘の夜は更けていく。