マンション麻雀2

序章

雀荘「iPop」では、17時からフリー麻雀の営業が始まる。僕もそれに合わせて出勤する。今日の天気は土砂降りの雨。いつもの交通手段である電動自転車は使えず、電車で出勤する。家から店までは二駅だけど、いつもより一時間早く家を出た。少し時間が経てばやる事は山ほどあるけど、今の僕にはそれに備える事しか出来ない。

二路線が走っているiPopの最寄り駅は、帰りのサラリーマンや学生で賑わい始める時間帯。この前19歳の誕生日を迎えたばかりの僕も大学生だけど、入学してから二年間で取った単位は九単位。勉学よりも麻雀にどっぷりと励んでいた。

駅からiPopまでは徒歩二分。今日は僕が店を開ける日だ。いつもの自販機でいつもの缶コーヒーを買い、傘を広げて店に向かう。真っ青なパッケージのエメラルドマウンテンブレンド、通称エメマンを買うところから僕の一日は始まる。
シャッター横の、重い鉄の扉から店に入り、電気を付けてシャッターを開ける。ここ最近はメンテナンスをしていないせいか、シャッターが辛そうに悲鳴を上げて上がっていく。

フリー雀荘は、従業員が常に三人はいて、一人で来てもすぐに麻雀が打てる場所だ。iPopでは17時に二人出勤し、来店があればオーナーに連絡。すると歩いて五分もかからない家で待機しているオーナーが店に来て卓が立つ。

今日は僕と店長の橋くんが出勤する日。おしぼりの補充や、氷を作ったりと、いつもより早く準備を済ませて開店時間を待つ。時間があるから掃除機もかけたし、成績を着けてるノートも穴があくほど見た。長く感じた時間も過ぎ、17時を迎えた。

橋くんが来ない。
その事をオーナーに連絡する。出るまで電話をかけ続けろ、あいつまた寝坊かと、電話を切られた。橋くんの家もここからすぐだ。今まで寝坊した時と同じように、今ごろオーナーが家まで様子を見に行っているだろう。こんな時に限って、すぐに来店があった。

「あれ、一人だけ?」
常連の客が傘を畳みながら、店の異変を悟って僕に問いかける。

「橋くんがまだ来なくて、オーナーが起こしに行ってます」
「ここのところ寝れてなさそうだったしな。まあゆっくり漫画でも読んでるよ」
「助かります、オーナーに連絡入れておきますね」

そう言って携帯を取り出し、メッセージを送る。最初のお客さんがこの人で良かった。待席までドリンクとおしぼりを出したりしながら、何度かメッセージのやり取りを繰り返す。オーナーには連絡をしなくても、橋くんの家に行ってから店に来るだろう。相手はオーナーではなく、橋くんだった。

この雨が降り止むまでに、僕はあと誰に何回嘘を付くのだろう。

–オーナーが303に向かったよ
–予定通り303には真理奈がいる
–今日はバタバタするだろうから、仕事が終わったら連絡するよ
–よろしく

さあ、動き出した。
橋くんは寝坊じゃなく飛んだ。理由はもちろん知っている。そして、二週間後に僕も飛ぶ。

いつものファミレス

麻雀の勝ち負けは僕の給料にそのまま反映される。
それを手にする事が無いのは分かっているのに、今月は入店してから一番成績がよかった。

朝6時、卓が割れて片付けをする。あれからすぐにもう一人来客があったから、橋くんがいなくても卓が立った。
それからはうまく調整し、なんとか朝までオーナーと二人で店を回せた。オーナーは明日からの代役を探すため、あちこち電話をかけていた。

雨はまだ降り続いていた。店を出ると、駅とは逆方向に少し歩き、ひっそりと止まっていたインプレッサの後部座席に乗り込んだ。

「おつかれ、どうだった?」
そう言って、助手席から橋くんが僕にエメマンを手渡す。

「店は大変な騒ぎだよ、オーナーもカンカンだし。でも麻雀は勝ったよ」

「大変なのはこれからさ」
運転席の男はそう言って、エンジンをかけた。

行く先は何も聞かされていないが、いつものファミレスだろう。この人の運転する車に乗るのは二度目だけど、何をこんなに急いでいるのだろうかと不思議なくらい飛ばす。僕は無意識に、手探りでシートベルトを探していた。

「あとちょっとの間、お前には迷惑かけるな。iPopの方はよろしく頼むよ」

「店の事なら任せておいてよ、それよりこれからどんな感じ?」

「まあ飯でも食いながら話そう」

橋くんとそんな話をしていると、あっという間にいつものファミレスだ。駐車場はガラガラだったけど、明らかに柄の悪そうな、真っ白のクラウンの横に車を停めた。そして運転席の男は電話をかけ始めた。

タバコちょーだい。そう言って橋くんが車を降りる。タバコを差し出し、傘を刺す。二人でタバコに火を付けて、運転席の男を待っていた。

「ラッキーはたまに吸いたくなるんだよな」
「そう言う人多いよね、この前もそんな事言われたよ」
「寒い雨のタバコって昔を思い出すな」
「それって俺がめちゃくちゃ負けた日でしょ?」
「今となってはいい思い出だろ」

二人がタバコを吸い終わる頃に、運転席から男が出てきた。身長は低いけど、ガタイがいいので大きく見える。

ファミレスに入ると、店員の案内も無く決まった席に向かう。そこにはすでに一人の男が座っていた。今日僕がここに呼ばれた目的は、iPopの様子を伝える事と、先に来ていたこの男との顔合わせだった。

「何度か俺と一緒にiPopで同卓してるよな」

ああ、確かにこの人と麻雀を打った事がある。打ち慣れた麻雀打ちなら、少し打っただけで必ず記憶に残る牌の捌きと、麻雀の強さ。

確か名前は水山さんだ。

・・続く

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マンション麻雀

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